羆嵐

このところサルやクマ、シカなどの野生動物が食べ物を求めて里に下りてきて被害を与えるニュースが多くなってきている。秋になりやがて冬・・・更なる被害が増えないことを祈るばかりなのです。

知り合いのAさんにお会いしたときにこんな話になりました。バイクで奥多摩を走行していたら木を引っかいた跡、木は無残にも皮をはがれていて相当な力の持ち主でなければ出来ない所業・・・ツキノワグマが爪で引っかいた跡だったそうです。場所は道路のすぐ脇。ということはニアミスした危険もあったというちょっとぞっとする話でした。
そのときに教えていただいたのが、北海道にはツキノワグマよりももっと大きな羆(ヒグマ)がいてその羆が今から91年前の大正時代に7人もの人を食べてしまったという恐ろしい話・・・。被害者の中に妊婦さんがいてお腹の胎児もろとも羆に食べられてしまったという凄惨な事件だったそうです。その話が記憶に残り、ネットで調べてみて見つけたのが下の資料です。惨劇の舞台となった、苫前町には当時の復元民家があり、開拓民達の小屋に今まさに踊りこもうとしている巨羆の模型とともに再現されています。

三毛別羆事件
場所は北海道留萌地方苫前町古丹別三毛別 、1915年(大正4年)12月9日。掘っ立て小屋に住み、寒さと空腹に耐えながら、原生林を開墾した住民を震かんさせる事件が起きた。冬眠を逃した「穴持たず」のヒグマが2日間で、女性や子供を次々と襲った。死亡したのは男女6名、重症者3名。しかもヒグマは殺した人間たちを食べた。
 5日後、ヒグマは射殺されるが、1頭のヒグマに計10人が殺傷されたのは、獣害史上、世界最大の惨事となった。捕らえられたヒグマは体長、2.7m、体重380キロの雄の羆だった。

http://hokkaido.yomiuri.co.jp/tanken/tanken_t030802.htm
日本最大の野生動物事件ー三毛別羆事件
http://alecaoyama.hp.infoseek.co.jp/higuma.html

この開拓民の悲劇から生まれた小説が吉村昭氏の「羆嵐」です。

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)

三毛別羆事件を忠実に描き、また北海道の大自然の厳しさ、国内で最大の野生動物羆の恐怖をリアルに描き、そしてその大きな力になすすべき力もない開拓民達が次々と羆の犠牲となってゆく凄惨さは目をおおうばかりの描写ですが手をゆるめません。誰も羆を倒せることが出来ないところへ登場してくるのが老羆猟師。そして、羆との一騎撃ち。人々に恐怖を与えた羆は彼の猟銃によって倒され終焉となります。

タイトルの「羆嵐」とは羆を仕留めた後には、強い風が嵐のように吹き荒れるそうです。それを羆嵐というとか。羆の魂が肉体から離れる瞬間の慟哭の嵐なのかもしれません。

羆嵐」は1980年代に火曜サスペンス劇場で二時間ドラマ化(三國連太郎主演)TBSラジオでは倉本聰脚本で高倉健主演でラジオドラマ化されているそうです。
そういえば・・・?テレビの番組宣伝で「羆嵐」を見たようなみないような?記憶がありますが、本編はすっかり失念。DVD化をして欲しいと思いました。ラジオドラマは秀作として名高いそうです。

・ ・・と羆嵐は人間が羆を害獣として描いて退治するものになっていますが、では害獣の羆から人間をみたら?
同じ、三毛別羆事件を題材にした戸川幸夫の短編が「羆風」
戸川幸夫動物文学全集 13 に収録されています)

「ここはもともと俺(オラ)の領分なんだ。俺の親父はおふくろがまだ赤ん坊だった頃から、いやもっともっとずっと昔からここは俺たちの国だったんだ。
そこへ割り込んできたのがお前たちじゃないか。挑戦者はお前たちだ。殺されても仕方ないことさ」 
物語冒頭で羆が心のなかで思ったことです。こちらはあくまでも羆側からみた視点で淡々と物語が進んでゆきます。三人の農婦を食べ、そして三毛別で6人の人間を食べた羆として・・・。羆嵐のようなドラマチックな展開がないまま射殺されてしまうですが、その淡々とした描写が怖くなりました。

こちらは矢口高雄さんが漫画化されています。

野性伝説 (1) (講談社漫画文庫―矢口高雄自然シリーズ)

野性伝説 (1) (講談社漫画文庫―矢口高雄自然シリーズ)