霧が晴れた時

小松左京というとSF作家の大家、「日本沈没」「復活の日」など数々の名作を生み出していますが、この人の書くホラーの話もグッとくるのです。

霧が晴れた時 自選恐怖小説集 (角川ホラー文庫)

霧が晴れた時 自選恐怖小説集 (角川ホラー文庫)

角川ホラー文庫から出版された作者による自選のホラー作品が15作収録されています。
私が一番怖くて印象に残ったのは言わずとしれた「くだんのはは」久ぶりに読みました。終わりまで知っているのに・・・でも怖い。

件 (くだん)とは、「件」の文字通り、半人半牛の姿をした怪物で、古くから妖怪として知られている。その姿は、古くは牛の体と人間の顔の怪物であるとするが、第二次世界大戦ごろから人間の体と牛の頭部を持つとする説も現れた。
幕末頃に最も広まった伝承では、牛から生まれ、人間の言葉を話すとされている。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、とされている。また件の絵姿は厄除招福の護符になると言う。
別の伝承では、必ず当たる予言をするが予言してたちどころに死ぬ、とする話もある。また歴史に残る大凶事の前兆として生まれ、数々の予言をし、凶事が終われば死ぬ、とする説もある。 また、雄の件の予言は必ず当たるが、雌の件がその予言の回避方法を教えてくれるなどの異説がある。
江戸時代から昭和まで、西日本を中心に、日本各地で一種の都市伝説として様々な目撃談がある。

上記にあるように昔は牛の身体に人間の顔だったのですが、第二次世界大戦の頃から人間の身体に牛の顔という風体に変わりました。ギリシア神話ミノタウロスを思い出していただくをイメージしやすいと思います。お話はそんな第二次世界大戦の終焉の近い、神戸芦屋でのこと。中学三年生にある僕は父と住んでいた家を空襲で焼け出されてしまう。

途方にくれていたところに以前、お手伝いさんで働いてくれていた咲さんに連れられて、咲さんの新しい奉公先の邸宅にお世話になることになる。父は仕事で出張となり、僕は一人芦屋に残される。邸宅に住むの40歳くらいの妙齢の女主人で彼女には会うけれど、悲しげな泣き声だけが聞こえる病人には会ったことがなかった。
戦争は戦火をましてゆくのだがこの邸宅だけは時間が止まっているような静寂さ。日増しに増える泣き声・・・そしてついに戦争の終わった日に僕は件を見てしまう・・・・
終戦、いくばくかの年月が経ち平和が訪れていた僕の家庭起こった出来事。最後の最後に本当の恐怖の正体が明らかになるのです・・・

件は第二次世界大戦開戦とともに生まれ、終戦を予言して死ぬ運命でここでは終戦も近いので瀕死の件が描かれています。実際に戦争時に件が現れたという目撃談は数多くあるとか。
新耳袋でも神戸六甲山のふもとで阪神大震災の後に件をみたという話が収められています。
この不安定な世の中。もしかしたら?件はもうどこかで生まれているのかもしれませんね。

他の短編も秀作そろいで
召集令状
現代の平和なある日、召集令状が届く。受け取った人は次々と失踪。戦争はもう終わったはずなのに、他の世界で戦争はまだ続いていて徴兵をしてくるというパラレルワールドからの招待状の話。

「影が重なるとき」
ある日、自分だけに見えるもう一人の自分が見えたら?見えた自分は自分の未来の姿でその影と重なり合うとき、それは己の死の姿だったと気づく恐怖。

「霧が晴れた時に」
家族でハイキングに来た一家。立ち寄った店は今しがた誰かがいた気配があるのに無人。先に行っていたハイカーもリュックを置いたまま消えてゆき、やがて妻と娘も消える。
残された父と息子はとある事件を思い出す。霧に包まれてあのメアリー・セレスト号乗組員失踪事件を・・・霧が晴れたら何がみえるのか?
など三篇を紹介させていただきましたがどれもこれも幽霊が出る怪奇ホラーではなくてSF的要素が満載された時空ホラーがとても素晴らしいおススメの作品集です。

ここには入ってなかったのですが、個人的には「牛の首」という短編も大好きです。現代の都市伝説の伝聞の様を見事に表している名作だと思います。

今日のような嵐の雨の日に窓にぶつかる激しい雨の音をBGMに一人静かに恐怖に浸りたい一冊です。
よって件のごとし。間違いなくほんのり怖い読後感が味わえます。