平成6年に角川ホラー文庫から出版された筒井康隆の自選ホラー短編集です。筒井康隆を私がはじめてしったのは80年代、映画にもなった「時をかける少女」がはじめてでした。映画を見て小説を読み出したのでまさに角川商法に見事に引っかかったというわけです。結果としてはひっかかって大正解でした。

とにかく面白い。際立つ日常の不条理とナイフのようなブラックユーモアのどす黒さにシニカルな笑いをくっくっく・・・とこみ上げる屈折した感覚がたまらなくツボに入ってしまったわけです。SFから日常まで幅広い荒唐無稽な世界観もまた楽しかったのです。

鍵―自選短編集 (角川ホラー文庫)

鍵―自選短編集 (角川ホラー文庫)

そんななかでホラーの話もいくつか書かれているのですが、なかなか赴きがあって呪いだと幽霊だというのは出ないもののヒタヒタと怖くなる話がたくさんあります。
いわば、不条理の怖さとも言うのでしょうか?やっぱり怖いです。

「鍵」男が以前、住んでいた家の机で鍵をみつける。そして、その鍵を開ける場所、会社や学校、下宿先と過去に戻ってゆくという話し。どこの鍵だかわらない鍵はしらない方がよいときもあるのかもしれません。

「佇む人」政府に反抗した思想のものは道端に木のように植えられて人柱にされてします。妻を人柱にされた作家の男のなんとも悲しい話です。

「公共伏魔殿」は某国営放送の受信料を支払いに意義のある、男が直接、本部に赴きそこで見てしまう。放送局の裏側・・・なんともシュールな世界が広がっていました。1967年に発表された短編だそうですが、現代の世相にも繋がっている話でもあって面白いです。

「池猫」は2ページの短編。でも怖い。本当に怖いです。過去の自分の犯した罪が池に現れるオチに恐怖します。筒井康隆の猫話は強烈なものが多いです。
もう一作「くさり」もそんな猫が出てくる話。

「死にかた」は会社にある日突然、おなじみの装束で鬼がこん棒かついでやってくるという話。

「母子像」生まれた子供のために買い求めた白子(アルビノ)のサルの玩具が妻と子供を異次元に連れ去ってしまう話。夫は必死に助けようとするがその結末はあっと驚くものとなります。
母子の姿はまるでラファエロピカソなどがマリアと幼子イエスを描いた母子像のように神々しく永遠に残ることになります。筒井作品の中でも特に好きな作品です。
ほとんどの作品を10代に一度読んでいるのですが、今もう一度読み直してみるとまた非常に味わいふかいものを感じます。ホラーなんですが、後味がとても良いのです。良いというのは深い闇にからめとらるような理不尽さと不条理のスープの中に浸るような良さともいいますか。

・・・と昨日、あやかし愛好家のソウルメイトKさんと話していて、筒井作品で一番ぐっときた怖い話というテーマで話をしていて、出てきたのがこの収録作品には入っていないのですが、

将軍が目醒めた時 (新潮文庫 つ 4-4)

将軍が目醒めた時 (新潮文庫 つ 4-4)

に収録されている『乗越駅の刑罰』 これは本当に怖い・・・
深く深く怖い短編です。
※猫好きの方にはおススメしません。