日本霊異記

「子供に語ってみたい日本の古典怪談」にも収録されている不思議な話を集めた本です。今から1200年前、平安時代の初めに奈良の薬師寺の景戒というお坊さんが書いた仏法説話集です。原本は116話あるそうなのですが、今回読んだ岩波少年文庫では作者の水上勉さんが選んだ41話を収録してあります。

日本霊異記 (岩波少年文庫―遠いむかしのふしぎな話 (3134))

日本霊異記 (岩波少年文庫―遠いむかしのふしぎな話 (3134))

原本を水上勉さんが現代訳にしてくれているのでとてもわかりやすい物語となっています。仏のご加護と教訓めいた終わり方になるのは、仏教を広めるための説話として仏の加護のありがたさを説くために語られたからでしょう。

もともとは庶民の伝承であったと思われます。なので同じような話がいくつかバリエーションを変えて収録されています。いくつか上げると
牛になった話。
生前にものを借りて返さなかった人が生まれ変わって牛となり、使役をして生前の借りを今世で返すという話。法要をする旅の僧に真実を話して借りを帳消しにしてもらって成仏して死ぬという話です。牛になるのが父、母、僧などのバリエーションがあります。
話す牛と聞くと私は「件」を思い出してしまうのですが、この牛たちはあくまでも生まれ変りの役目だけをはたして成仏してゆきます。

黄泉の国に入った人の話。ある人が病気をして命が尽きる瞬間に身体を焼かずに何日かおいておいてくれと頼み亡くなる。そして約束の日に家族に今しがたまで見てきたあの世の地獄の様子を語るというもの。
かなりのバリーエーションがあるのですが、地獄で自分の身内が責め苦を受けていたり、亡き妻が閻魔大王に訴えて呼ばれたとわかったりします。地獄の責め苦の描写がリアルに描かれています。地獄から帰ってきた人は人に施しをしたり、生き物を助けたりした人であり、善行の尊さを問いている話です。
地獄の責め苦と使役の話は芥川龍之介の「杜子春」を思い出してしまいました。

人が祟った話だと「母が子を淵へなげた話」もかなりぞっとする話です。
10歳まであるくことも出来ずいつも背中におぶって育ててきたわが子を、行基上人が淵に投げろというので泣く泣く母親はわが子を投げ捨てると、投げ捨てた子が「後3年取り付いて食ってやろうと思っていたののに悔しい」と大人の声で叫びながら流されるという・・・前世で母親がものを返さないことを恨んだ人がとり付いたという話。
また、「子供に語ってみたい日本の古典怪談」にも収録されている、「娘が蛇に襲われた話は」蛇と人間の異婚の話で、「鬼に食われた女の話」は娘を鬼に食われてしまうお話でいずれもショッキングな結末です。以前から日本霊異記は読みたいと思っていたのですが、読んで見て奇想天外な話が多くて楽しく読み進めることができました。

水上勉さんがあとがきでおっしゃっています。

読者も自由な感想でよいから思い思いの読み方をしてもらえばいい。ばかばかしい、人間が死んで黄泉の国などにへゆくものか、と思う人は途中で読むのを辞めればよい。反対になかなか面白いぞ、日本人の心の奥をのぞくような気がするぞ、と思った人は千年前の人と今日の人の心が、そうも変わっていないことに思いをいたせばよいのである。

千年以上前のの不思議な話に思いを馳せながら読むのもまた良いものだと思います。