懲戒の部屋

筒井康隆ファンのKさんと話しをしたときに、筒井作品で怖いと思う作品をいくつか上げていったら、前回に紹介した、筒井康隆の自選ホラー集「鍵」に入っていないものでも強烈な話がいくつかありました。
調べてみたら、新潮文庫から自選ホラー集が出ていると知り、図書館にて取り寄せです。
こちは、二冊に分かれており「懲戒の部屋」と「驚愕の曠野」の二部構成というものです。
今回は第一部「懲戒の部屋」の紹介です。

懲戒の部屋―自選ホラー傑作集〈1〉 (新潮文庫)

懲戒の部屋―自選ホラー傑作集〈1〉 (新潮文庫)

いっさい逃げ場なしの悪夢的状況。それでも、どす黒い狂気は次から次へと襲いかかる。痴漢に間違われたサラリーマンが女権保護委員会に監禁され、男として最も恐ろしい「懲戒」を受ける表題作。たった一度の軽口で、名も知らぬ相撲力士の逆鱗に触れた男が邪悪な肉塊から逃げ惑う「走る取的」。膨大な作品群の中から身も凍る怖さの逸品を著者自ら選び抜いた傑作ホラー小説集第一弾。

「走る取的」
安酒場で飲んでいた二人のサラリーマンがたまたま居合わせた、相撲取りをからかったばっかりに相撲取りにどこまでもどこまでも執拗に追跡されるという話。
理由があって追いかけられるならば納得できるのだけれど、無言でただひたすら追いかけられるというのは実に怖いものです。 “わからないもの、得体のしれないものだからこそ沸きあがる理不尽な恐怖”
Kさん曰くどうしてこういう発想が出来るんだと絶賛しまくりでした。

続いては筒井猫恐怖三部作と勝手に命名している「池猫」「くさり」と並ぶ名作と私は思っている
「乗越駅の刑罰」
これをはじめて読んだのは高校生のころだったと思います。当時の感想は猫残酷ってな感じでグロな描写を喜んでいたのですが、20代で読みああ、この閉塞感がちょっとわかる、そして36歳になって読んだらああ、凄くわかるという怖さの作品です。

物語は都会で成功した作家が久しぶりに故郷の田舎に電車に乗って帰ってきたときに、切符を買い忘れてしまって改札を素通りしようとしたとことから始まります。ファンタジーで包まれているふるさと、田舎、望郷というイメージを吹っ飛ばすような、嫉妬、ねたみ渦巻く世界観に読んでいても頭がくらくらしてきます。素朴な田舎の人の中の残酷さ、一度出たものを許さない排他性などをよくぞここまで描写したなと感心。
しかし、ちょっと待てよ?田舎の人となっているが、実際には同級生とかご近所とかはたまた家族とかの単位、そんなひとつの同じくらいのフィールドにいる人間の中で誰かひとりがぬきんでて出世したり、成功すると表面的には喜んでいるけれど、その裏側には嫉妬やねたみがどす黒くうずまいているのはお前だろう!と作者に見透かされてしまっているようで怖いのです。それがわかったときに煮えたぎる猫スープを飲まされているのは誰?飲ませて笑っているのは私?かもしれないとふと思い、そして終章の恐怖が生々しく感じるという趣向です。
40代にもう一度読んでみたい話です。

注意 猫好きにはおススメしないくらいの容赦ない残酷描写あります。

「顔面崩壊」
怖いのですがおかしい、凄く好きな話です。ひとりの老人が若者に語りかけるとう落語のような趣向なんですが、面白いです。咄家さんが独演会でやってくれないかなとひそかに期待しているのですが、黒い笑いが広がること間違いなしです。

この話のタイトルを私は長らく「笑い般若」と勘違いしていました。
笑い般若は葛飾北斎が描いた子供をくらう般若が笑っているという浮世絵です。般若は女性なんですが、顔面崩壊の筋肉組織だけになった顔の描写が般若を髣髴させるのかもしれません。

そのほかには「熊の木本線」「蟹甲癬」「近づいてくる時計」「かくれんぼをした夜」など秀作をラインナップしています。タイトルの「懲戒の部屋」は痴漢の濡れ衣を着せらたサラリーマンの話、これも日常にありそうで怖い怖い。

理不尽と不条理の恐怖はひたひたと怖さがやってくるのがたまりません。

昨日、紹介した大槻大槻ケンヂ氏があとがきで解説を書いています。
筒井作品との出会いや変遷などこれもまた面白かったです。