野仏の見方

小学生から10年間を茨城で過ごしたのですが、そこはとてものどかな田舎で田んぼや畑があって自然が豊かな場所でした。
田舎道を歩いていると目についていたのが石仏や塔です。漢字で文字が二十三夜とか十六夜と書かれたもの、猿の絵が書いてあるものなどがごく当たり前に風景の中に取り込まれて記憶に残っています。野に置かれてそのままに朽ちているものもあれば、キレイに掃除をされて花をたむけてもらっているものもありました。
しかし、あの石仏は一体なんの意味があるのかと考えることはなく大人になってしまったのでした。

神社仏閣に興味を持ちはじめたころに記憶の風景にある石塔が信仰の対象とされていたことを知ったわけですが、やはり野仏の意味、いわれを知りたいと思い手にとってみたのがこの本です。

野仏の見方―歴史がわかる、腑に落ちる (ポケットサライ)

野仏の見方―歴史がわかる、腑に落ちる (ポケットサライ)

路傍に、池のほとりに、野辺に、佇む野仏たち。なぜか和み、心を解放してくれる彼らを徹底研究。散歩や小さな旅のお供にぴったりの一冊。『サライ』2002年17号の別冊付録を再編集


写真とわかりやすい解説でサブタイトル通り腑に落ちる解説、どこかで見たことのある石仏の意味、いわれが良くわかります。野にあるからか神仏習合の姿も何故か違和感なく実におおらかに祭られているのもとても面白いです。
そして、私が子供の頃に見ていた二十三夜、十六夜という石塔は「月待塔」だというのが今回判明。特定の月齢の晩に当番の家に集い、飲食、会話をしながら月の出を待つ行事の記念碑なのだそうです。願掛け祈願が目的ですが、皆で集まって飲食をしながら会話をすることが昔の庶民の楽しみでもあったそうです。
月待塔の他には十二支の庚申の夜に集まり、夜を明かす「庚申塔」もいたるところで見かけることができます。人の身体の中には三尸(さんし)という三匹の虫がいて、60日に一回くる庚申の夜に人が寝た後に抜け出して天帝に罪業を報告するとか。寝ていなければ三尸が抜けないので夜通し起きているのだそうです。

馬頭観音道祖神、板碑、などのいわれなども今回改めて知り野仏を見るのも更に楽しくなりそうです。ちなみに埼玉は板碑が非常に多いとか。言われてみると
埼玉県立歴史と民族の博物館に行った際にも大きな4mもの板碑をはじめたくさんの板碑が展示されていました。

この本では長野安曇野にある色鮮やかにペイントされた道祖神を紹介していますが、どうも石仏を塗る、化粧するというのは全国的にあるそうで
HP 珍寺大道場に掲載されている「田の神さあ」は物すごいことになっています。
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/tanokansa.html

みんなに愛されている道の神、道祖神はやはり野にあってこその姿なのですね。
春の季節ふらりと道の神様に会いにいきたくなりました。