キョウコのキョウは恐怖の恐

「キョウコさんだっけ?どういう字を書くの?」 女は、恐怖の恐と書く「恐子」と名乗る。「恐い思いをするのはあなたかもよ…」 「暗黒神話」など独特の作品世界を持つ漫画家が、日常に潜む「恐怖」を鮮やかに描く短編集。

キョウコのキョウは恐怖の恐

キョウコのキョウは恐怖の恐

作者の諸星大二郎は漫画家だというイメージがあったのですが、作家に転向したと聞いて山上たつひこみたいなもんかいなと思いつつ図書館で取り寄せをしてみました。装幀を見て諸星大二郎だとわかる妙な不安感を潜在的にかりたてるイラストと顔を縁取る朱色はやはり往年の画風と変わってないなと感動。昔この人の漫画を読むのが本当に怖かったものです。幽霊とかの怖さじゃなくて世界の終わり、終末思想の怖さなので目に見えない恐怖が現実にも起こりそうで凄く印象に残っていました。

本編はタイトルの通りキョウコ(恐子)が関わる「狂犬」「秘仏」「獏」と他2編。日常にひそむ魔の落とし穴に運よく(?)キョウコと出会った人が落ちるという話なのですが、神社仏閣が好きな私が面白かったのは「狂犬」でしょうか。
キツネつき、クダキツネ、犬神が出てくるのですね。
クダキツネというのは、人にとり憑くキツネなのですが通常のキツネよりも小さいらしいです。特定の家にいて式神のように家人があの人が憎らしいなどと念じるとクダキツネを憑かせることができるとか。そしてクダキツネのいる家は繁栄するそうです。
ちなみに犬神は犬を首まで土に埋めて、餌を与えずに放置、しかる後に餌をいれた皿を口元ギリギリに持ってきて食べようとした瞬間を一刀のもとに首を切るという残酷なもの。切り落とした首は犬神となり術者の願いをかなえてくれるというのです。
クダキツネと犬神を現代に蘇らせようとして培養している老朽化した農業試験場に行った主人公の悲劇の話なのです。
この話を読んでいくうちに、カミもその土地に力がなくなれば同じく力をなくしていくということに気がつきます。そして新しく繁栄する場所にまたカミが現れる、良いものか悪しきものは別として・・・。
秘仏」は田舎の寺で年に一回行われるご開帳に迷いこんだ主人公の話です。ご開帳っていうのはめったにないし、見た人も少ないので何が秘仏か良くわからない。中には何百年に一度ってのもあるしお寺にとってはシークレット中のシークレット。そんな閉鎖的な部分が庶民には畏怖の対象でもあるのでしょうね。その恐怖の部分を増幅させた話となっています。
「獏」は獏が出てくるのは夢ですよね。夢にまつわる恐怖譚です。
そのほかの話もなるほどと面白いものでしたが、全編において大きな恐怖心を感じるものではなくとつとつと怖いという雰囲気でした。嫌いではないけれどもそこ知れぬ恐怖を味わいたいときにはやや消化不良でしょうか。もってきているモチーフは三峰のお犬様信仰とクダキツネだったり好きなものばかりなのでもったいなと思うわけです。
漫画で異才を放つ諸星大二郎なのでこれを是非、漫画化してほしいなとファンである私は切に願うのですが・・・。

余談・・・
キツネに憑かれたときに威力を発揮するのはお犬様です。
埼玉県秩父にある三峰神社を中心にいくつかの神社はお犬様を祭っておりキツネを祓うということで昔から信仰が厚いのだそうです。