現世に蘇った踊躍念仏を見てきました。西方町、福正寺

11月23日の青空がまぶしいピーカンの冬空の天気の休日に北関東自動車道の都賀I.Cの程近い西方町にあるお寺、福正寺に行ってきました。
福正寺は浄土宗のお寺で正式名称を熊野山(ゆやさん)福正寺といいます。
一向上人が弘安元年に熊野大権現を鎮守として建立したのが始まりなのだそうです。弘安時代というと1278年頃、700年以上前の時代にさかのぼる歴史のある古刹です。
現在は浄土宗となっていますが、創建から明治20年ごろまでは、近江の国坂田郡番場にある一向派のお寺の直末寺だったという経緯があるそうです。
お寺の外観です。のどかな田園地帯の広がる場所にたたずんでいます。後ろには東北自動車道が見えます。空がとてもきれいな場所です。

本堂です。
本堂には見事な装飾彫刻が施してありました。
  
右横の垂れ幕にあるとおりに本日は踊躍念仏(ゆやくねんぶつ)の奉納披露があり一般拝観が可能なのです。11月17日から23日まで開山祭がとりおこなわれており、法要が行われ、本日が納め踊躍念仏なのだそうです。

踊躍念仏とは、踊り念仏とも言われ正式名称は「一向上人踊躍念仏」と言います。鎌倉時代の遊行僧、一向上人が始めたもので時宗一向派の僧達により伝承されてきました。
踊り念仏は一遍上人が有名ですが一向上人のほうが4年ほど早いそうです。
また形態も双方全く違ったものだそうで、民間伝承の踊り念仏などもあるそうですが、一向上人の踊り念仏は僧侶の修行の中で伝承されてきたもので、700年前の念仏と踊りが古来の形式を取りそのまま継承されているという大変貴重なものなのだそうです。
一向派の寺院は174寺あったそうですが、明治時代に入ってからの一向派の衰退や昭和に入っての宗教統制により一向派が浄土宗に転宗、時宗一向派がなくなったために踊り念仏も廃れていってしまったそうです。
現在では一向上人の踊り念仏は、山形県天童市にある佛向寺だけで見ることが出来るのだそうです。
そんな貴重な踊り念仏を今回、福正寺さんで見られるというので行ってきたというわけです。

午後1時半になると境内には檀家さん、一般拝観客がたくさん訪れ、本堂は100人以上の人でいっぱいになりました。

総代さんからのあいさつがあり、その後に9人の僧侶により厳かに法要がとりおこなわれました。
  
私もお焼香をさせていただきました。
15分ほどの法要が終わり、午後2過ぎに踊り念仏が始まりました。

太鼓や鐘の音が本堂に大きく鳴り響きます。太鼓の音に鐘と読経が地面からわきあがってくるかのように本堂を包み込みます。
5分ほどすると音が止み、静々と5人の僧たちがご本尊様の前に出てきました。
手には鉦(しょう)という鐘を持ち、打ち鳴らしながら練り歩き念仏を唱えてゆきます。
  
念仏の節がとても心地良いリズム感があり、繰り返される「南無阿弥陀仏」という言葉が染み入るように聞こえてきます。

お経というと座って唱えるというのが極当たり前に持っていたイメージだっただけに動きながら歩きながら、鉦を打ち鳴らしながらの念仏というのは実に斬新でした。
  

念仏は始まりはゆっくりとした静かなものでしたがやがて動きも激しくなり、転回をしながら鉦を打ち鳴らして行きます。力強いリズムに目を閉じれば古の700年以上前に一向上人自らが鉦を打ち鳴らし、念仏を唱え練り歩いた時代の布教の姿が見えてくるようでした。
   

最後にはまた静かな動きになり、無事に踊り念仏の披露は終了しました。

終了後に今回の副住職さんのお話がありました。
ここまでにいたるまで大変なご苦労があったそうです。また本来は7人、9人という人数で行われる踊り念仏ですが、今回は5人で行ったそうです。
修行のために山形の佛向寺に通われたり、また練習を長きに渡ってなされていて3年前から準備をなさって本日の披露ができたそうです。

これを機に毎年11月23日は踊り念仏が福正寺でも見られることになるそうです。
このような素晴らしい伝統はいつまでも絶やさずに続けてほしいと願います。

福正寺HP http://www.cc9.ne.jp/~jyoudo-tochigi20/